有田の陶器、肥前地区陶器・磁器の歴史
佐賀県と長崎県の両県に広がる【肥前陶器・磁器地区】は、同じような陶器・磁器を生産しながらも
地区それぞれに、独自の技法を伝承しながら発展してきました。
肥前陶器・磁器の生産が盛んになった背景には【豊臣秀吉の朝鮮出兵】があります。
出兵から帰国の際に、朝鮮から連れ戻った陶工達が、
肥前佐賀鍋島藩内や肥前平戸松浦藩内などで、その地区の窯業発展へと携わっていきました。
現在 有田 伊万里 三川内 波佐見とありますが、それぞれの当時は有田・伊万里は鍋島藩、三川内は松浦藩、
波佐見は大村藩となっており藩の御用窯を設け陶器・磁器生産の技術や情報流出を防ぐために、
皿山などに役所を設けて管理してきました。
そのために現在有田を中心として半径10キロ圏内に四ヶ所の産地があるのもそのなごりなのです。
今日の各産地の特徴としましては
有田の陶器・磁器は業務用食器を主体として、染付や赤絵など様々な色柄形で
丈夫で高級な器を生産しています。
伊万里の陶器
伊万里は色鍋島のデザインを用いた商品が多く生産されており有田と同じ鍋島藩だったせいか特徴としては類似する部分も多く見られます。
三川内の陶器
三川内は染付の商品を主体とする窯元が多く唐子の絵柄の発祥の地でもあります。あと白磁の細工物(透かし彫り)等も昔から多く生産されております。
波佐見の陶器
波佐見は有田、伊万里、三川内とは違い一般向けの食器の大量生産に力を入れ安価な商品作りに力を注いできましたので、家庭向き食器を大量に生産しています。
以上のような歴史の中で今日の肥前陶器・磁器に至っております。
現在有田、波佐見では、毎年4月〜5月に陶器市が開かれ今も陶器の町として賑わっています。
女性の方々に人気の有田の強化磁器「波佐見焼」「肥前焼」で作った、絵柄がとてもきれいなファッションプレートも取り扱っています。